ブラックエンペラーの現在がヤバい!歴代総長をまとめると、やっぱり宇梶剛士が怖い!


暴走族と言えばブラックエンペラー。そう考える人も多いんじゃないかと思う。

 

それぐらいブラックエンペラーは有名な暴走族のグループなんやけど、現在は解散してる。と思ったけど、レディース初代総長のKANAが主催者となって色々してる。

 

という事は、まだ活動してるって事かな。うん。そういう事にしとこう。w

 

歴代総長の紹介と、誰が一番強かったのかについてザックリと話していこう!

ブラックエンペラーは現在も活動中?!

ブラックエンペラーは1992年まで活動したって言われてるから現在は消滅してるんかと思ったけど、ネットで『ブラックエンペラー』って検索するとオンラインショップがあった。

ブラックエンペラー公式ウェブサイト

見てみるとTシャツとかステッカーとか販売してた。それに加え、1年に1回クラブでイベントしてる事も分かった。ブラックエンペラーは消滅したかと思ってたけど、実際はまだ活動してたんやな。w

因みに、初代レディース総長のkanaがクラブの主催者。

画像出典元:『ブラックエンペラー公式サイト』

 

ブラックエンペラーは関東連合のルーツだった!

ブラックエンペラーは、1960年代末から1992年まで活動した暴走族。全国的にもかなり有名な暴走族やった。歴代総長の中には、現在俳優になっている宇梶剛士ら、その後芸能界に入った人もおる。そんなブラックエンペラーは、実は関東連合のルーツだったと言われてるんや。

実際、元ブラックエンペラーで三多摩総本部の支部長だったメンバーのインタビューでも、「俺たちブラックエンペラーは関東連合だ」と語ってるしな。当時のブラックエンペラーは、三多摩支部だけで数千人のメンバーがいたと言われてる。

関東連合が結成されたのが、1973年やからブラックエンペラーが活動していた頃とダブる。呼び名は違っても関東連合という大きな括りの中では同じだといえそうやな。

画像出典元:『AbemaTimes』

フリーライターの久保将義によれば、暴走族「ブラックエンペラー」や「マッドスペシャル」を中核として結成されたのが本来の「関東連合」だということらしい。

ただ、昔のブラックエンペラーは暴走族同士の抗争など、縄張り争い的なことが多かったけど、今の関東連合はヤクザと似たような犯罪を犯すことから準指定暴力団として扱われてる。

ブラックエンペラーは、1960年代末から1992年にかけて活動していた暴走族で、当時できた道路交通法の改正によって暴走族は衰退し、1992年の25代総長の時に総本部を解散してる。せやから、現在はブラックエンペラーの名前で活動している暴走族はいないようやな。

ただ、1990年代後半になって、松嶋クロスらが「第22代永福町ブラックエンペラー」を勝手に名乗って再結成した時期があった。勝手にやで?ヤバいな。

 

ブラックエンペラーの歴代総長をサクッと紹介。

泉輝雄↓

画像出典元:『ブラックエンペラー公式サイト』

ブラックエンペラーの創始者は、泉輝雄氏と谷田部氏。泉輝雄氏はその後右翼団体で活動してたけど、65歳で亡くなってる。

画像出典元:『https://aucfree.com/items/f298621901』

2代目は瓜田吉寿氏で「俺たちには土曜しかない」の著書でもある。息子も作家であり、元暴力団だったあの有名な瓜田純士。

画像出典元:『NHK』

3代目は本間優二氏で、後に俳優となり「十九歳の地図」でデビューしてる。

4代目が阿部氏、名前は分かっておらず、謎に包まれてるけど、かなりヤヤコシイ人物やったんかもしれへん。

画像出典元:『ブラックエンペラー公式サイト』

5代目が岩崎隆史氏(現在は作家など)

画像出典元:『ブラックエンペラー公式サイト』

6代目が蛯澤賢治氏で後に極真空手の師範を務め、芸能プロデューサーやった。

7代目が現在俳優をしている宇梶剛士。彼は188cm、87キロの体格で、三多摩支部長から満場一致で7代目の総長になったという経緯がある。満場一致ってだけで宇梶の凄さが分かるけど、ホンマに半端なかったらしいな。

 

ブラックエンペラーの歴代最強は恐らく宇梶剛士!

画像出典元:『Smart FLASH』

ブラックエンペラーの歴代最強のメンバーは誰なんか?6代目の蛯澤賢治氏は後に極真空手の師範を務めているほどやから、一般人より強いやろうけど喧嘩となるとどうやろう?歴代最強といわれているのは、やはり宇梶剛士じゃないかと推測する。

彼の武勇伝にはこんなことがあった。小学校6年の時に中学生に目をつけられ、中学1年の23人がヤキを入れるために小学校にやってきたんやけど、すべてタイマンでやりかえしボコボコにした事を皮切りに...

中学時代にも喧嘩を売ってきた十数人を相手にひとりで撃破するといったこともあった。それも何回も。

高校時代は拓殖大学第一高等学校に入学したんやけど、プロ野球選手を目指してた。高校野球は上下関係がきつい事で有名やんな。宇梶は先輩のしごきに苛立ってて、遂にはシバいてしまう事に。それが原因で少年院に入り、高校を中退するというまさかの展開。

別の高校へも入学したらしいねんけど、そこでもトラブルを起こしてた退学処分。

んで、宇梶は不完全燃焼な気持ちをどうにかするためにブラックエンペラーに加入したって言われてる。やる気満々やったから加入早々にも、単身で本部に乗り込んで、総長の座を奪おうとしたこともあったそうやな。

その時の宇梶剛士は、その場にいた全員を片付ける自信があったと語ってるし、皆からは絶大な信頼を得ていた事は間違いない。



ブラックエンペラー出身の芸能人・有名人たち。

ブラックエンペラー出身者には、その後芸能界入りした人もおる。3代目総長の本間優二も芸能界入りしたひとりやな。

本間優二は、新宿支部長から名誉総長になった人物で、ブラックエンペラーのドキュメンタリー映画「ゴッド・スピード・ユー!BLACK EMPEROR」に出演した。その時に、映画監督の柳町光男と知り合い、1979年に映画「十九歳の地図」で主演を務めてデビュー。

画像出典元:『gramho』

翌年の1980年2月に「第一回ヨコハマ映画祭」で最優秀新人賞を受賞してる。それ以降は準主役や脇役として活躍してたんやけど、もともと芸能界入りを望んでいなかったこともあり、1989年に引退したんや。

現在俳優をしている宇梶剛士も、ブラックエンペラー出身で、さっきも言ったけど7代目総長。宇梶は、当時数千人のブラックエンペラーのメンバーを束ねてたから、当時から何かと名前が売れていたはずなのは分かるよな?

彼は、当時収監されていた少年院で読んだチャップリンの自伝から、俳優になることを決めたって言ってる。

宇梶剛士の強さはヤクザ界にも知れ渡ってて、総長時代から喧嘩の強さを買われてヤクザからのスカウトもあったそうでも宇梶は犯罪に興味がないという理由で断り、その後は菅原文太から拾われるかたちで俳優デビューしたって経緯がある。

歴代総長以外にも有名人になった人がおって、中野ジロー(ジャーナリスト)金崎浩之(弁護士)がおる。まあ、金崎は弁護士で有名というよりは、ブラックエンペラー出身やから弁護士として有名になったな。ヤンキー弁護士って言われてたぐらいやから。

画像出典元:『弁護士ネクスト』

 

ブラックエンペラーが行ってきた悪い所業がヤバいし怖い。

ブラックエンペラーは、1977年の終わりごろにはメンバーの内のおよそ500人が指定団体とされて取締を強化という形になった。で、23人が凶器準備集合暴力行為の容疑で検挙されてる。

んで、1978の夏ごろには夜から翌朝にかけて、都内で58名が道路交通法・道路運送車両法違反の容疑で検挙された。確か世田谷やったはず。

1990年代の終わりごろには松嶋クロスなどが「第22代永福町ブラックエンペラー」って誰の了承も無しに勝手に名乗って再結成して、当時他の暴走族やチーマーとの抗争が激しくなった。その後メンバーの一部は半グレとして活動するようになったんや。

有名な半グレに見立真一がおる。知ってる?平成24年9月2日に起きた、六本木クラブ襲撃事件の主犯格やねんけど。

見立真一や松嶋クロスらが永福町ブラックエンペラーと名乗っていた頃の見立は当時ヤバすぎる人間と恐れられてて、対立する暴走族のメンバーをナイフでいってもうたりしてるからな。現在はフィリピンに潜伏してるとか言われてるけど…

 

ブラックエンペラーの映画がある!

画像出典元:『ameblo』

ブラックエンペラーを題材としたドキュメンタリー映画「ゴッド・スピード・ユー!BLACK EMPEROR」が、1976年に制作された。

この映画によってブラックエンペラーの知名度があがり、東京都内だけでなく、千葉県、神奈川県、茨城県など関東一帯で勢力が拡大していったと言われてる。

画像出典元:『ヤフオク』

その後、1982年にも「俺たちの生きた時間」というドキュメンタリー映画も制作されてるな。当時はツッパリブームやったことから、一般の劇場でも上映されるようになってた。懐かしいな。

画像出典元:『ブックオフ』

んで、イカンガー岩崎(5代目総長の岩崎隆史)の自伝小説を映画化した「塀の中の懲りない少年たち」が1988年に公開された。出演者には、坂上忍、石橋蓮司、竹中直人らがおる。

 

まとめ。

画像出典元:『amazon』

1960年代末から1992年まで活動した暴走族「ブラックエンペラー」は、1976年に制作されたドキュメンタリー映画「ゴッド・スピード・ユー!BLACK EMPEROR」によって知名度が上がって、東京都内だけでなく関東一帯で勢力を拡大していって数千人のメンバーがおった。

つっぱりが流行したこともあって、1982年に放送された「俺たちの生きた時間」というドキュメンタリー映画などでも広く知られるようになったな。

歴代総長の中には、現在俳優になっている宇梶剛士ら、芸能界に入った人も。そんなブラックエンペラーは、現在の関東連合のルーツやった事が分かっている。解散してメンバーがおらんと思っていたけど、現在は『ブラックエンペラー公式サイト』でグッズを売ったりしてる事が分かった。

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