野口健はハーフ!父親と母親はどんな人?異父兄弟もいた!


アルピニストの野口健さんはハーフです。

 

まあ、顔立ちを見れば分かりますよね。アメリカのボストンで生を受けた彼ですが、サウジアラビアなどでも生活していた事があります。何故転々としていたのかというと、父親が外交官だったからです

 

そんな父親と結婚した女性はエジプト人だと言われています。離婚しているのですが、原因は母親の浮気からの子作りだったようです。結構ハチャメチャな家庭ですから、詳しく話していきますね

野口健は日本人の父親とエジプト人の母親のハーフだった!産まれはアメリカ!

画像出典元:『映画.com』

野口健さんは1973年8月21日にアメリカのボストンで誕生しています。彼はアルピニストとして有名で、25歳の時に当時世界最年少で七大陸最高峰を制覇しています。

 

七大陸?どこの山?

えっと、世界の大陸は7つありますよね?その大陸で一番高い山を登ったという事です。

つまり、

  • エベレスト(アジア大陸)
  • エルブルス(ヨーロッパ大陸)
  • デナリ(北アメリカ大陸)
  • アコンカグア(南アメリカ大陸)
  • コジオスコ(オーストラリア大陸)
  • ヴィンソンマシフ(南極)
  • キリマンジャロ(アフリカ大陸)

上記の七つの山を野口健さんは登ったという事です。これらを25歳の時に制覇していますからね。若い時にこのような経験が出来るとは、本当にスゴイ。世界観も変わったのでしょうね~。

 

いや~、こんな経験が出来る人間は一握りやと思うから、ちょっと嫉妬するわ。

...んで、父親と母親の紹介は?

そうですね。では、紹介して参ります。

 

野口健の父親は野口雅昭で元外交官。

画像出典元:『野口健公式Twitterアカウント』

野口健さんの父親は野口雅昭という名前です。1940年10月13日に誕生しています。2020年現在は79歳です。

外交官に詳しい人なら分かるかもしれません。何故なら元外交官だから。

 

そんな詳しい人おらんやろw

そうですかね。w

雅昭さんは福島の会津若松で誕生しています。彼の父親は日本軍の参謀だったので、教育に関しては人一倍厳しい家庭だったと思われます。だからこそ外交官という素晴らしい経歴を持っているのです。

彼は『エジプト』『イタリア』『イエメン』『シドニー』『チュニジア』など多くの国で勤務していました。外交官という職業ですから、転々とするのは仕方ありません。

彼は健さんに対し、「物事の表面を見るのではなく、努力して裏を見ろ」と言っていたようです。この言葉は人生の経験値が低い人にとって何を言っているのか分からないでしょう。その結果、野口健さんはヒマラヤのシェルパ基金をしているとのことです。

 

何を言ってるんか全く分からん。

でしょうね。とにかく、本を出すくらいの人だという事です。

画像出典元:『amazon』

ほー。頭が悪いワシには全く理解できなさそうな本。

ですね。w

上記の本は野口雅昭さん一人で出版した訳ではありませんが、日本の政治の事を伝えるべく執筆に励んだのでしょう。2014年には『シリア紛争での中東問題』の講演も行っていますね。龍谷大学の客員教授として活動しているようです。

 

野口健の親父って凄い人やってんな。

はい。そんな野口雅昭さんの父親も凄い人だったんですよ。



野口健の祖父は野口省己(せいき)で日本軍の陸軍参謀。

野口雅昭さんの父親の名前は野口省己と言って、元軍人でした。旧日本軍の陸軍参謀を務めていたようで、インパール作戦に関わっています。軍人としてもエリートだったのでしょう。雅昭さんの経歴が凄いのも頷けます。

そんな省己さんに関する情報はあまり無いのですが、本を出版しています。

画像出典元:『amazon』

あの戦争に関する本やな。

ですね。あの時代を生き抜いた人ですから、野口雅昭さんへの教育は凄まじかったのではないでしょうか。

 

野口健の実の母親は野口(タドロス)モナ。

画像出典元:『ゆもちblog』

野口健さんの実の母親の名前はタドロスモナさんでエジプト出身です。彼女の父親はエジプト人(エジプト&レバノンのハーフ)。そして母親はトルコ出身のギリシャとフランスのハーフ。

 

色んな国の血が入ってるな~。

 

ですね。色んな国の血が混じっています。野口健さんの顔立ちがハッキリしているのは母親の影響があるからなのです。

 

野口健の母方の祖母の名前はキキ。

タドロスモナさんの母親はトルコ出身のギリシャ人だったようです。産まれたトルコでは、ギリシャ人が迫害されていたようで、それから逃げるために幼い頃にエジプトに引っ越したようです。

そして現地でタドロスという男性と出会い、結婚を果たしています。結婚後はかなり困窮した生活を送っていたようですね。

 

貧乏な家庭やったん?

どうやら政治的問題でタドロスさんの財産が当時の政府に奪われ、それが原因で貧乏になったようです。結婚後にそんな出来事があるなんて絶望でしかありませんよね。

キキさんからすれば、迫害を逃れるためにエジプトに引っ越してきたのに、まさか新天地でそのような出来事が起こるなんて思わなかったでしょう。

 

確かに。いや、でもこの人が野口健の祖母って考えるとスゴイ事やな。

ですね~。

...タドロス一家はその後(1970年頃)カナダに移住しています。キキさんに関する情報はそこまでありませんが、どうやらサウジアラビアで家庭教師もしていたようですから、頭脳明晰な女性だった事は分かっています。

 

なんか、親族の情報が色々と凄すぎてあんまり理解できへんな。w

そうですか?それは貴方の頭に問題があるからでしょう。

...

それでは、野口健さんの幼少期について話していきましょう。

 

野口健の幼少期は海外で過ごした。その後超問題児になるも○○がキッカケで登山に目覚めた。

野口健さんの幼少期の生活拠点はNYやサウジアラビアです。産まれたのがアメリカですから、勿論日本語を話すことはできませんでした。4歳の頃に来日していたようですが、勿論言葉を理解する事は出来ません。

今となっては想像も出来へんけど、野口健が英語しか話さへんかったらもはや外国人やな。

はい。間違いありません。

野口健さんの幼少期は問題児だったと言われているのですがその行為を紹介しましょう。

  • 空気銃を使って猫を〇す
  • パーキングの車をパンクさせる
  • 高級車のベンツのエンブレムを取る
  • 先輩を殴る

やばいですよね。最後の先輩を殴るという行為によって、当時通っていたイギリスの高校では低学区処分を下されています。

 

何で先輩をどついたん?

えっと、どうやら野口健さんは中学時代にそこまで成績がよろしくなく、『仮進級制度』で高校へと進学したようです。その事を知っていた先輩たちにからかわれた事が原因で手を出してしまったのです。そして結果的に1か月の停学処分という事です。

 

まあでも、向こうも悪いわな。

ですね~。まあでも、その停学処分がキッカケで登山を始めていますから、良しとしましょう。停学中に植村直己さんの本『青春を山に賭けて』を読み、それから登山を始めたのですから。

画像出典元:『amazon』

この本を読んで、山に登ることで自分の存在意義を確かめたいと思い、そして登りだしたという事です。ですが、高校を卒業してからは自衛隊に加入する事も選択肢に入っていたそうですから、もしそちらに行けば現在のアルピニスト野口は無かったでしょう。

自衛隊に入りたいと思ったのは多分祖父の野口省己さんの影響でしょうね。現在の世界の情勢は目まぐるしいですし、野口健さんは自衛隊に入る事で少しでも日本の為に活動したいと思ったのでしょう。恐らく自衛隊に入っていてもトップクラスの人材になっていたでしょう。

そんな野口さんが自衛隊を諦めるほど登山には魅力があったのです。彼は亜細亜大学に進学しているのですが、入試は『一芸入試』というものでした。

 

一芸?何したん?

野口健さんは自分のカバンの中にあるノート(七大陸制覇予定を書いていた)を面接官に見せ、そして読み上げたようです。

その内容とは...

 

途中で制覇を諦めたら中退します

 

といった内容だったようです。その一芸のお陰で亜細亜大学に合格する事が出来ました。超問題児だった野口健さんですが、問題児だったからこそ登山に目覚める事が出来たのですね。結果オーライとはまさにこの事ですね。

 

せやな。でも、何でこんなにグレたんや?

恐らくハーフだったからバカにされたってのもあるでしょうし、野口健さんの父親は外交官で色んな国を転々としていますから野口健さんはその地に馴染めなかったというのもあるでしょう。

生活拠点を転々としてられないので、野口さんは12歳からイギリスの立教英国学院に入学し、中学と高校時代を過ごしましたが、その頃に両親が離婚していますから、それも不良になった要因になっているはずです。

 



野口健の父親『野口雅昭』と母親『野口モナ』は離婚している。

画像出典元:『https://www.cyber.kbu.ac.jp/blog/ujibashi/2009/10/post-148.html』

野口雅昭さんと野口モナさんは健さんが小学校6年生の時に離婚しています。健さんは両親が離婚する前、エジプトにある『カイロ日本人学校』へ通っていたそうですが、その後イギリスへと単身移住しています。モナさんはその後カナダに移住しています。家族がバラバラになったのです。

 

悲しいな。何で離婚したん?

離婚した原因はモナさんの浮気だと言われています。

モナさんは絵に興味を持ち、自宅に絵の先生を読んで勉強するようになったみたいですが、その先生はしょっちゅう自宅に来ていたようです。つまり、親密な関係になっていったという事です。

...とある日、野口健さんが外出していると、その先生と一緒に歩いている母親を発見しました。

 

もしかして...

そう、そのもしかして。

モナさんはその先生と腕を組んでいたようです。つまりは浮気していたという事です。

 

それぐらいやったら浮気って言わんやろ。

いや、それは人それぞれですが話を聞いてください。

野口健さんはその時友人と一緒にいたようですが、その友人が「あの人お母さんじゃない?」と発言、しかし「違う」と返答したようです。多分分かっていたものの噂になるのを恐れた野口健さんが黙っていたのでしょう。

その後、モナさんのお腹に命が宿り、男の子が誕生した訳ですが、実際には野口雅昭さんとの子供ではないことが発覚。それがキッカケで夫婦仲が悪くなったと言われています。夫婦喧嘩をする事も勿論ありまして、噂によるとモナさんが雅昭さんに対して植木鉢を投げる事もあったそう...

 

何とも言われへんな~。複雑な家庭...

ですね。。。

まあ、そんな感じの家庭だったのですが、モナさんは野口健さんに対してどんな教育を行ってきたのでしょうか。気が荒く、激しい性格だという事は先ほどのエピソードから分かりますが、野口健さんに対しても厳しかったようです。

簡単にまとめると

  • 殴られたら殴り返せ!1発なら10発よ!と発言。
  • イジメられて学校に行かないと言うと、「(男についている○○○)はいらない!」と言って思いっきり引っ張る。
  • イジメられたら相手の靴に画びょうを入れろと発言。

などです。恐らくもっと怖い話がたくさんあるのでしょうが、かなりヤバい人だという事が分かりますね。怖いです。w

モナさんは男を作り、そして子供を作り離婚をした訳ですが、その後カナダに移住したようです。

野口健さんはモナさんが男を作った事をそれほど気にしていなかったようですね。親に対して「彼女を作ったら」と発言していたようです

 

野口健と実の母親(野口モナ)との現在の関係。

実は野口健さんとモナさんは現在も関わりがあります。母親は2人の子供を抱えていたようですが、金に困ったら野口健さんが仕送りをしていたと言われています

 

野口健、いい人過ぎ。

ね。自分の兄弟じゃないのに、そこまでするとはモナさんの事が大好きなのでしょう。

 

モナさんは2007年に来日していますし、テレビに出演もしています。

 

野口健さんは自身のブログにてモナさんが来た事を発信していますが、話によると「8年ぶりに再会」とあります。という事は、1999年にも会っているという事になります。

 

そうか。離婚してから一切関係が途絶えたって訳じゃ無いねんな。

そうですね。

野口健さんの話によると、「自然に話が出来た」ようです。やっぱり血が繋がっている親との再会は嬉しかったでしょうし、感慨深いものがありますよね。

画像出典元:『twitter』

2008年に来日した時には5日間滞在しました。野口健さんの娘である『野口絵子』さんにも対面できたようです。モナさんからすれば、孫という事になりますから、さぞ嬉しかったことでしょう。「やっとおばあちゃんだ」と発言し、泣いていたようです。

 

外国に住んでるから日本へは簡単に来られへんもんな。だからこその感動の涙って事か。いい話。

ホント、感動します。家に泊った時は一緒に寝たようですね。

...モナさんが来日し、野口健さんがこれまで知らなかったことがあったようです。

それは

  • まだ両親が離婚していない時、海のゴミ拾いをしていた
  • エジプトで小学校の教員をしている時に海の清掃活動をしていた
  • 現在も清掃に関わる活動をしている

です。

根は凄く良い人やねんな。

はい。まあでも、野口健さん曰く、やっぱり激しいそうですね。w

嫁の野口靖子さんは「なんで貴方がこんな人なのか分からなかったけど、モナさんと対面して分かった気がする。」といった発言をしていたようですから、野口健さんとモナさんの気性は似ているという事ですね。

まあ、そんなリラさんですが、野口健さんは富士山の清掃を一緒にすると決めているようです。母校である亜細亜大学の生徒たちとも現地で清掃活動をしていますから、モナさんを呼ぶつもりなのでしょうね。



 

野口健の父親は再婚。相手は日本人で名前は野口容子。

野口健さんの父親、野口雅昭さんは再婚しています。再婚相手は日本人で『野口容子』さん。

健さんは自分の母になる人がどんな人か見極めるために、いつも雅昭さんの彼女に面会を求めていたんだとか。

 

立場が逆みたい。w

ホントですね。w

雅昭さんとモナさんが離婚したのが中学校に入る前だったのですが、再婚したのは中学校3年生(1990年)の時のようです。

容子さんも厳しい性格だったようで、野口健さんに対して徹底的な教育を施します。言葉遣い、マナーにはうるさく、そして規則正しい生活(早寝早起き)を心がけるように指導したんだとか。

野口健さんはエベレストを3度目で登頂しているのですが、登頂失敗が続いていた時に容子さんは「いつまでも登頂できないのは駄目。ちゃんと決着付けてきなさい」と手記を送り、そして3度目の正直で悲願の登頂を果たしたという経緯があります。もしかしたら、容子さんの発言が無ければ登頂は出来なかったかもしれませんね。

因みに、容子さんと雅昭さんは海外で生活をしていた時期がありますので、容子さんはフランス語を覚えていたようです。それも短期間で。

 

それは凄い。

ね。

雅昭さんがイエメン大使館に駐在している時には政治的な問題もあり、日本人への風当たりがきつく、差別される事も多々あったようです。

ですから、当時日本人の妻は日本に帰国しているパターンが多かったようですが、容子さんは旦那を支える為に現地に残り、献身的なサポートを続けていたようです。

雅昭さんが大使館に向かっている時には自宅にテロ行為が行われた事もあったようですが、奇跡的に容子さんは助かったという話もあります。そんな情勢の中、よく現地に残ったなと思いますし、本当に尊敬します。

容子さんは様々な国でボランティア活動を行っていたようで、その事を健さんはリスペクトしています。

 

...そんな容子さんですが、

 

2006年に亡くなっています。その時の年齢は55歳。癌が原因です。かなり若いですね...

亡くなった時には悲しみに暮れた野口健さんですが「しっかりしなさい!」と容子さんが怒るからという事で、前を向いたそうですね。

容子さんは京都の病院?で亡くなったようですが、たまたま仕事で京都を訪れていた健さんは最後まで母親の側に居たそうです。

 

忙しい野口健なだけに、不幸中の幸いやな。

ホントそうですよね。容子さんも安心して天国へ旅だったのではないでしょうか。

 

野口健には兄弟がいる。

野口健さんには兄弟が二人います。まずは兄の紹介。

画像出典元:『野口健公式Twitterアカウント』

名前は『野口哲也』さん。年齢は5つ年上です。野口家の両親が離婚してから哲也さんは日本の高校へ通っていたと言われていますから、恐らく健さんとは暮らしていないでしょう。それぞれ違う国で生活をしていたという事になりますね。

 

兄弟とは言え、色んな経験をしてるから会った時は良い話が出来てるんやろう。

野口健さんもそのように言っていましたね。

現在哲也さんはイランで商社に勤務しているとのことですから、エリート街道まっしぐらの人生でしょうね。顔もハーフ顔でイケメンです。

...

そして野口健さんには弟がいるのですが、説明したように父親が違う異父兄弟です。

 

そんなん説明したっけ?

しましたよ。覚えてないなら戻って確認してください。

この弟さんに関する情報は殆どありませんし、名前も分かっていません。まあ、顔は完全に外国人であろうと思いますが。

現在野口健さんとの関わりはあるようで、話によると一緒に登山することもあるようです。

 

そうなんや。それにしても野口健は親族を大切にする人やな。離婚してもそんなん関係なしに会ってるし。

ですね。とっても器が広い男ですね。

...とまあ、野口健さんの両親、兄弟について話していきましたが如何だったでしょうか?かなり複雑な家庭だったのは間違いありませんが、実の親子関係は現在も良好で、とくにギクシャクしているようではありませんでした。

 

問題児だった野口健は現在社会貢献活動を積極的に行っている。

画像出典元:『https://dot.asahi.com/aera/2019090500022.html』

野口健さんは自発的に社会貢献活動を行っているわけですが、実の母親のモナさんも同様の活動をしていましたよね。やはり親子は似るのでしょう。

彼がこれまで行ってきた活動をまとめました。(現在のものも含む)

  • エベレストのゴミの清掃
  • ネパールの登山案内人の遺族を補償するために『シェルパ基金』の団体を作る。
  • 大学生と共に富士山の清掃活動を実施。
  • 講演(環境保護を伝えるため)
  • 『野口健環境学校』を開校。
  • ネパールの子供達を学校に通わせるために『マナスル基金』を作り、そして集まったお金で学校を作っている。
  • ネパール大地震が起こり、すぐさま復興に協力すべく『ヒマラヤ大震災基金』を作る。
  • 熊本自身が起きると直ぐに行動。『熊本自身テントプロジェクト』を作り、物資や復興に使われるお金を集める。

とまあ、一部ではありますが、多くの活動を行っています。その行動力には脱帽ですし、尊敬に値します。

野口健さんはTwitterで物議を醸す事もありますが、環境の事、国の事を考えているからこその発言でしょう。何もしていない人が批判するのは筋違いだと思いますね。

 

まとめ。

如何だったでしょうか。野口健さんの家庭事情が詳しく分かったと思います。父親が日本人で母親が外国人のハーフでした。

両親は野口健さんが小学生の時に離婚しています。離婚してから両親ともに再婚。モナさんは誰と再婚したのかは明らかになっていませんが、父の雅昭さんは日本人である容子さんと再婚しています。

野口健さんには兄弟が居て、兄が『野口哲也』さんと言います。弟もいますが、モナさんが浮気した相手との子供だと言われていますので、異父兄弟ということになります。現在野口健さんはその弟と付き合いがあり、一緒に登山する事もあるようです。

とにかく、野口健さんの家庭事情は複雑でしたが、親族の方達とは仲は良いようですね。

 

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